地理的プロファイリング
Geographic Profiling
I. 定義と前提
地理的プロファイリングとは同一犯の連続犯行の犯行地点や手口、遺留品の分析から、犯人の行動パターンを分析し、次の犯行現場や犯人の居住地などの推測をする手法である。
リバプール大学のデビッド・カンターの提唱する「捜査心理学」の手法の一つである。
この地理的プロファイリングが成立するためには、犯人と犯罪現場の環境を一つの不可分なシステムとして捉え、犯罪行動をそのシステムのダイナミックな作用の一部として考える交流作用的視点に立つ次のような前提条件が仮定されている。
@ 犯罪行動はある意味で合理的であり、犯行現場の選択行動は理解可能である。
A 犯罪現場の選択の基本的な基準は逮捕につながる危険性と労力を最小限にしながら、犯行の動機を満たすことである。
B 犯行における行動は過去の経験によって得られた環境の知識とその場における周辺の環境の影響を受ける。
II. サークル仮説
カンターは同一犯の連続犯行の空間パターンから犯人の居住地を推測するサークル仮説・円仮説(circle
theory)を提唱している。この仮説は「連続犯の居住地またはそれに準ずる拠点は、最も離れた犯行地点を直径とした円の内側に存在する」というものである。その理由は以下のようなものである(Canter
& Larkin, 1993; Canter,1994)。
@ 居住地のような拠点(アンカーポイント)の周辺に関しては十分な認知地図を持っているが、身元が割れる恐れがあり、警察の操作網にかかる可能性も高いので犯行は犯さない。しかし、遠くに行き過ぎると、認知地図はあいまいになり、犯行対象を効果的に発見したり、発見されたときに逃げたりすることが難しくなってしまう。したがって最初の犯行は身の安全のために十分離れているが、自由な行動は確保されている犯人にとっての最適距離の場所で行われる。
A 最初の犯行の後には新たな危険が生じる。第一犯行現場では住民の警戒が強まったり、警察の捜査が行われていたりする可能性が高いため、犯人にとっては新しい危険地域になっている。そのため、危険と行動の自由の最適さを保つには、第一犯行地点とは別の方向で最適距離の場所で第二の犯行は行われる。
B 第三犯行地点は第二犯行とは別の方向で、拠点から最適距離はなれた場所で行われ、第四以降の犯行地点も同じ原理で選択される。このような犯行地点選択行動の結果、拠点の最適距離を半径とした円周上に、お互いに一定の距離をあけて犯行地点は分布することになる。
これまでの研究はこのサークル仮説がかなり高い妥当性を持っていることを示している。Canter自身は、彼の扱ったレイプ犯の場合には、87パーセントがサークル内に(Canter
& Larkin, 1993)、また60%は二分の一の半径内に住んでいることを報告している(Canter,
1994)。田村・鈴木(1997)は連続放火犯に関してサークル仮説を検討し50.5%がサークル内に、21.1%がサークルと近接した場所に居住したことを見出している。特に犯行地点と居住地の平均距離が1km以下の場合にはすべてサークル仮説は成立していた。また連続放火犯に関しては、三本・深田(1999)は71.4%の場合に、羽生・桐生・三本・横井(2003)は78.4%にサークル仮説が成立したことを報告している。
サークル仮説は現在のところ一番重要な仮説であるが、ある意味では素朴な今後の検討のための仮説であり、現在多くの批判的検討が行われている。とくに、円内に犯人の居住地があることは高い確率で成立するが、居住地が円の中心付近に存在することは少ない点に関しての研究が進められている。
III. 地理的プロファイリングの研究
地理的プロファイリングの研究には2つの方向性が考えられる。ひとつは、捜査の手法としての確立を目指す、現象面での研究であり、もうひとつは、その背景となる犯罪者の空間行動の理解を目指す、空間行動のメカニズム(ダイナミックな構造)の研究である。
捜査手法としての研究
捜査手法としての研究とは、「与えられたデータからどのようにして、犯人の情報、特に拠点を高い確率で推定することができるか」ということを研究することである。ここで必要なことは、
1)犯人の情報を推定するためのデータとして、犯人が逮捕前に利用可能なデータのみを用いる、
2)推定が間違っている場合に、捜査をミスリード(誤誘導)する可能性が結論をださない、
ということである。
1)はつまり、捜査技法としての研究をする場合には、基本的に犯行地点と現場の状況のデータのみで犯人の情報(特に拠点)を説明するモデルを作るべきであるということで、犯人逮捕後にわかる犯人の属性や動機などをモデルに含めることは不適当であるということである。それらのデータの分析は、後者の研究で用いられるべきである。
この理由は自明だが、捜査時点でわからない情報を含む推定モデルは無意味だからである。もちろん、逮捕以前の情報から、犯人の属性などを推測するということは望ましいことであり、ここで排除した方法には含まれない。
2)は、たとえば、断定的に一点を推定し、そこのみに初期の捜査の人的を集中させた場合に、もしも誤っていた場合には時間の経過に伴う捜査上の損失は大きいだろう。したがって、推定の表現は確率的な表現で、可能性の高さを示すべきであろうし、またその推定はあくまでも所与のデータに基づくものであり、あくまでも判断のための材料であり、最終的な判断は捜査に当たるものにあるにあるのだということが示唆される形でなければならない。
一方で、断定を避ける意味で、大まかな情報を与えた場合には、その情報は無意味になる場合もある。たとえば、円仮説において、円の内部を捜査対象として示した場合には、かなりの頻度で直径が10キロ以上の円になる場合があり、大都市部では数十万から数百万人の住人がその範囲に居住することになってしまう。
現在までの地理的プロファイリングの研究は、研究者(開発者)と捜査を行う者(利用者)がほぼ同一人物、または関係者であったため、この表現の問題は顕在化していないが、今後開発者と利用者が分離して言った場合、推定をどのように表現化するかはかならず重大な問題になるだろう。
メカニズムの研究
メカニズムの研究としては、現状ではサークル仮説(および、説明していないが重心仮説)が現象面では、仮説どおりに成立している部分もあるが、成立しない部分もあるということから出発することが妥当であろう。
サークル仮説も重心仮説も、無の状態に作り出された、試験的な仮説であり、当然乗り越えられることが前提とした仮説である。これらの仮説においては、空間が完全な均質空間であることが仮定されている。しかし、現実の空間は物理的にも、社会・経済的にも、そして文化的にも均質ではない。また、そこで生活する人間にとって意識される空間はさらに、その人間の日常の経験をうけて、よく知った場所、知らない場所の違いが生まれる。
このような現実における、空間および心理的空間の歪みは、当然空間行動の歪みを生み出し、サークル仮説や重心仮説から説明される現象に影響を与える。
このような、空間・心理空間の歪みの研究がまず必要とされるだろう。また、メカニズムの研究においては、犯人の属性や動機などの逮捕後に得られる情報を含めた研究も必要である。
また「I-A」で述べた前提は、犯罪種によって、そのバランスが大きく変化し、均衡点が変化することが考えられる。たとえば、強制わいせつと殺人では刑の重さが違うために、「逮捕を避ける」という動機の大きさが変化するだろう。また、侵入盗と性犯罪では、抑制不可能な衝動性の程度が変化するだろう。このように、同じ前提は成立するにせよ、変数の重要性が変化することから、行動のパターンにはおそらく、量的・質的な変化が生じることが予想される。したがって、罪種別の研究が必要であろう。
IV. 自身の研究
連続放火犯の研究を行っている。現象の分析としては、サークル仮説において、ほとんどの場合中心に拠点がないことを見出した。現在はその現象を表現する方法を検討中である。
羽生和紀 (2004,9). 連続放火の地理的プロファイリング(2):空間パターンの検討. 日本心理学会第68回大会発表論文集, 368.
羽生和紀・桐生正幸・三本照美・横井幸久 (2003,9) 連続放火におけるサークル仮説、地理的重心、広がりの関係. 犯罪心理学研究, 41(特別号), 16.
羽生和紀・桐生正幸・横井幸久(2003,9) 連続放火の地理的プロファイリング:サークル仮説の再考. 日本心理学会第67回大会発表論文集, 344.